【A】 大船高校の創立

(1) 建学への意気込み

◆目指すは「四季に花が絶えない学校」

大船高校のあたりは、もともと円覚寺の裏山でしたので、景観を守るということで建設の反対運動もありました。
打開策として、北鎌倉駅からの細い道が滑る山道だったので、「宅地開発や学校を造るのだから、階段を造るよう
鎌倉市に掛け合おう」と考えました。市の部長さんがたまたま良く知っている方で、「学校ができるのだから階段を作ってください」とお願いしましたら、了承してくれました。そして、学校建設の条件を「緑化」としたことで反対運動は収まりました。

もともと風致地区ですから、緑を増やすことに加えて学校の景観にも工夫しました。それで、「校倉造」といった古来の建築様式など、色々こだわったのです。 緑が多い学校、木を植えて花もいっぱい咲いている学校にするために、条件とした「緑の保全」を逆手に取って植栽を充実させようと考え、「風致地区だから緑を増やします」と言って、植栽の予算を多くしてもらいました。

実は、その頃の新設高校は、シンボルツリーとして樹を1本植えるだけのことが多かったのですが、大船高校の植栽については「大船高校整備特別委員会」(注)に任されましたので、緑を増やし、花を増やす学校にしようと「四季に花が絶えない学校」をモットーにしました。それを県が認めてくれたのです。これは良かったですね。梅、桜、もみじ、山茶花の木々や紫陽花、水仙のほか鎌倉の花を揃えました。今、樹木が育ち、緑がいっぱい増えていて嬉しいです。

(注)【B】−(7)項「大船高校整備特別委員会」参照

◆生徒・先生・PTAの三者で一緒に造った学校

一番伝えたいことは、PTAだけではなく、校長先生以下先生方が音頭を取って、全校の生徒も一緒に、木や花を植えたり増やしたり手入れし続けたことです。

創立当初は木も根付いていないので枯れやすくて、水やりが大変でした。夏休みに交代で生徒が来たり、先生やPTAも来ました。夏休みの補習の時に、「補習のついでに一緒に木や花に水をやろう」と呼びかけました。木や花や植木鉢がたくさんあったので、校門から中庭までの広い範囲の草取りや水やりなどの手入れをしました。だから、「生徒が一緒に学校を造った」と言える珍しい学校なのです。

初代PTA会長の梅沢さんは地元の八百屋さんだった方ですが、色々と率先してやる方で、「PTAの環境整備委員会だけがやればいい」ではなく、PTA役員も一般会員も、先生方も担当に関係なく全員で、全校一斉に、生徒もやりました。そのうちに、生徒たちもそれを当たり前に思うようになったのです。

もちろん最初は、嫌がっていましたよ(笑)。そんな時、私は良く「心のそうじ」の話をしました。禅宗の寺では、掃除とは「掃地」と書いて、「汚いから掃いて除く」のではなく「きれいでも地を掃く」もので、「環境を良くして自分の心を清めること」なのです。生徒たちが、水やりや手入れを最初はやりたがらなかったので、「掃除というのは、本来は『掃地』で、つまりは自分の体と心や家と庭をきれいにする行為なんだよ」という話を生徒によくしました。また、受験する生徒には、「あるお母さんが『娘は受験生だから、食事の支度とか洗濯やベッドの掃除も部屋の掃除も、家の中のことは何もやらせていません』と言ってきたことがありました。親と一緒になって家のことも自分のことも一生懸命やるのが大事で、私の経験上、それをやる方がむしろ大学に入る率がいいよ」という話もよくしました。なぜなら、受験勉強には覚える時間と反復する時間というリズムがあって、反復する時間は家のことや料理なんかを手伝って、自分の部屋もきれいにすると良いのです。男の子でも女の子でも、これはやって当たり前のことですからね。

「雪隠(せっちん)」の話もよくしました。雪隠とは、禅宗の言葉でトイレのことです。「雪隠」という坊さんが、みんなが嫌がる便所掃除を人に気づかれないように夜中にやって、一番早く悟ることができたので、トイレを「雪隠」と言うようになったという話です。 実は、前任校では、生徒がトイレ掃除をいやがって、PTAが「生徒にトイレの掃除なんて、とんでもない」と言ってパートの人を頼んだのですが、その方が「いくらきれいにしてもすぐ汚すし、いつも汚いからこんな学校、嫌です」と言って辞めてしまいました。それで、また生徒に毎日やらせたら、きれいになったのです。

だから、大船高校でもやらせました。トイレも学校も環境も、みんなで掃除や手入れをしました。木も花もまだ小さくて弱かったので、「みんなで手入れしよう、一緒に良い環境を作ろう」と言ってやらせたら、これが一番いい情操教育でした。

「鎌倉文化教室」から中庭を見ると緑がいっぱいあって、教室の床が木ですから、生徒が「先生、この部屋いいね〜」と言ってなかなか帰りませんでした。バルコニーもそうです。夕焼けがきれいで、帰らない(笑)。環境がいいってことは、やっぱりいいことだと思いました。だからこそ、生徒たちも「自分の学校を造る」という気持ちになったのだと思います。この学校は「三者が一体で造った学校」で、一番大事なのは「生徒が主体の学校」だということです。

◆「挨拶」で地元の信頼を得てきた学校

「地域に根ざした学校」という意味でも、私はこの大船高校が気に入っています。

これも生徒にはよく話したのですが、「毎日する『挨拶』というのは禅の言葉で、師と弟子の真剣勝負のこと。生徒は『おはよう』『こんにちは』の挨拶の中に、『僕は元気で頑張っています。先生は元気ですか?』という気持ちを込めて言い、先生の方も『おはよう』のひと言に生徒への思いを込めて返すものだよ」と教えて、いつも挨拶をさせるようにしました。その甲斐あってか、大船高校では、先生と生徒同士だけでなく、来校者にも必ず挨拶をするようになりました。すると「大船高校の子はみんな挨拶する、地元の人とも挨拶する」と評判になったのです。地元の方は大船高校なんて知らなくても、生徒の礼儀正しさや風貌とか、挨拶でひと言「おはようございます」と言うことで喜んでくれるのです。これで、地元の信用を得られました。

一番いい例が、創立2年目の3月に、海外からの日本の教育事情視察で、神奈川県下のある伝統校と新設校の大船高校の2校が選ばれ、その一行が本校に来た時のことです。

もともと生徒には、「君たちは鎌倉にいるのだから、外国人を見たら道に迷っていないか声を掛けるとか、『トイレどこ?』とか何か聞かれたら、中学英語でいいのだから簡単な会話をやりなさい」といつも言っていたのですが、それを実際にやったのです。海外からの視察の方や文部省、県教育委員会の方が「なに、この学校は?」と驚いていました。まだ出来たばかりの学校の生徒が、口々に簡単な挨拶をするわけです。「これはすごい学校だ」と言われました。学校の施設よりも、このことが一番印象に残ったそうです。これは嬉しかったですね。

こんな風に「挨拶」で、まず地元の信用を得たことが、この学校をレベルアップさせました。今はどうか分かりませんが、「挨拶」はこれからも頑張ってやっていってほしいですね。

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