【A】 大船高校の創立

(9) 生徒が伸びる学校

創立前〜創立後の何年かは、私は「地域部」というPTAなどの担当でしたから、校長先生・教頭先生や先生方と、地域の中学校を訪ねては、大船高校への進学の勧誘を行いました。
その時、私たちからは「必ずしも成績が良いというだけの生徒より、元気に頑張る生徒を寄こしてください」とお願いしました。
ただ試験の成績の良い子ではなく、部活でも勉強でも何でも意欲的で、自分から鍛えるような生徒を受験させてくれるようにお願いしました。その結果、素質のある生徒たちが多数入ってきました。

「元気で頑張る生徒」というのは必ずしも成績が優秀とは限りません。
ですから、当初、生徒の成績分布を見ると、上位は少なくて、真ん中がちょっとふくらんで、下位も色々いて…と、幅広く分布していました。
上位は優秀な生徒が入ってきて、1期生には最初から国公立志望がいたのには驚きました。現役で千葉大や都立大(※現在は首都大学東京に統合)とか早稲田大とかに入るような生徒がいたのです。

生徒は鍛えれば鍛えるほど、面白いように大学に入る。これは朝からの特訓などで鍛えました。
また、就職組も短大や専門学校へ進む生徒たちがそっぽを向かず、落第したり、落ちこぼれにならないようにするために、先生方は一番苦心しました。
そういう生徒たちの成績が上がると学校が明るくなるのです。進路も決まりやすくなりますからね。
その結果、就職した生徒の評判が結構良かったり、色々な学校に進学できたりしました。
「新設校というのは、こんなに面白くて、やりがいがある」と気づかされました。先生方それぞれが自分の専門でユニークな活動をされていましたから、生徒を引き上げるのも得意な方々でしたので、これがまた良いチームワークを作りました。

もちろん、最初はちょっと荒れた子もいました。ところが、大船高校で変わっちゃうのです。
だから中学の先生が「ウチのあの○○がこんなに変わったんですか?」とビックリしていました(笑)。
応援団や部活や、何か出来ることをやってみたりするうちに、勉強だって伸びるんです。

中学校も選んで生徒を寄こしてくれましたし、こちらも鍛え甲斐がありました。
それが伝統になって「生徒自身が伸びる」という、裏付けができたという、珍しい高校です。

生徒は、最初は多少学力が無くてもいいのです。「やる気がある」、これは絶対必要です。
PTAに対しても「3年間で変わりますよ」とよく話していましたが、本当に変わりました。
私も何校も経験しましたけれど、これだけ変わるのは大船高校だけでした。これだけ伸びる学校は珍しかったです。

生徒がどんどん変わっていき、保護者の理解も変わっていきました。
保護者の期待は大きくて、PTAも協力してくれたことで、「生徒自身が伸びる学校」を築けたのだと思います。

とにかく、生徒を信頼してのびのび育てようと、あまりうるさい規則は作らなかったのですが、生徒が変わってしまうのです。
入った生徒の評判がどんどん上がるのです。これが面白かったです。
私は5年間しか大船高校にいませんでしたけれど、5年間でグーンと学校の評判が上がりました。進学や就職の実績が評価されたのです。

生徒たちの色々な面での実績が上がらなかったら、この学校の評判・実績も上がらなかったかもしれませんが、どんどん上がりました。そういう点でも、まさに「生徒が造った」と言えるでしょう。

PTA活動も同じで、他校から高く評価されました。そのいい例が、創立3年目でのPTA広報紙「青船」の「奨励賞」受賞です。
そのあと、生徒の新聞も受賞しました。両方とも、新設校ではいち早く受賞して、快挙でした。

――(広報委員)「青船」96号でインタビューした5期生で作家になられた三上延さんが、「自分たちの頃はやりたいことをやらせてもらった」ということを言っていらしたんですけど…。
あの本(『ビブリア古書堂』シリーズ)、面白いですね。大船高校の下が舞台ですね。ああいう生徒がいたのです。
私も同窓会に呼ばれることもありますが、非常に個性的な面白い卒業生がいっぱいいます。
他の学校だったら芽が出ないような生徒でも、のびのび成長しました。変な言い方ですが成績が下位になったら普通の学校ではおしまいなんです。可哀想だけど、中学校でいくら優秀でも、落ちこぼれてしまう子も時々はいます。
それを引き上げるのが私たち教師の仕事なのです。高校生の頃は劣等感が無い子なんていません。どんなに優秀な生徒だってそうです。
それに自信をつけるのです。1期生からどんどん伸びていき、本当に個性的に伸びてくれました。

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