【A】大船高校の創立

(7) 特色ある学校行事

◆生徒が自主的に活動する学校行事」

白帆祭」は、1年目は「文化部発表会」として2月に行い、2年目は「文化祭」と言っていましたが、3年目の第2回からは「白帆祭」と命名されました。
「体育祭」は創立1年目からやりました。「六国祭」と命名されたのは創立7年目(1989年)の第5回からです。
この2つの行事を同年にやるか別にやるかの議論がありました。当時、多くの学校では隔年実施で、同年に両方やる学校は珍しかったのです。
4年目からは、「白帆祭」の年は「ミニ体育祭」とし、「体育祭」の年には「文化部発表会」という展示だけに変えましたが、とにかく両方やろうという、欲張った学校でした。
創立2年目まではまだ生徒も3学年揃ってなくて未完成の学校でしたが、生徒の自主性を重んじようと、同年開催で頑張ったのです。

古典芸能鑑賞(歌舞伎・能)」は、創立1年目にまず「能」の鑑賞を始めました。
周りからは「高校生に能鑑賞なんて無理」と言われましたが、能舞台のある学校として取り組みました。
国語科の先生にお願いして、授業で能の「謡い」の音を聴かせたり読ませたり、説明してもらいました。
本番に行った時にはあらすじが頭に入っていますから、何も見ないで静かに鑑賞できたのです。これには能の関係者も「こんな学校は他には無いね」って喜んでいました。
大船高校は最初から全く違いました。

翌年の昭和59年度からは、歌舞伎も取り入れました。7月に「歌舞伎教室」をやって、1月に「能」です。
歌舞伎も、もちろん授業であらすじを教えました。歌舞伎でまず下慣らしをして、「能」は時間をかけて授業できちんとやってもらう。ただ観に行くのではなくて、授業の一環で、生徒が自ら学ばないと駄目です。
この行事、今も続いていると聞いて嬉しいですね。
これは「本校の魂」ですから、伝え残してほしいです。
なぜかというと、大高生は、地域の伝統文化を持つ鎌倉にいます。加えて能や歌舞伎を知っていれば、絶対強いからです。
将来、自信を持って外国人を招待したり、話ができます。アメリカなどは伝統文化が少ないですから、歴史があって文化がある日本に憧れるのです。

例えば、日本で外国人を招待することになった時、外国人は自分の家に招待するけれど、日本の家だとなかなか難しい。
では何に招待するかと言ったら、歌舞伎や能が候補に上がることもあるでしょう。でも自分が知らなければ、連れて行っても説明できません。
また、東京で仕事の取引のあとに、鎌倉観光に連れて行くケースも多いのですが、その時に鎌倉の説明をできるかと言うと、あまりできない。大仏や鶴岡八幡宮に連れて行っても、その由緒や価値が良く分からない。
かつての教え子で一流大学を出て商社に入って、アメリカだヨーロッパだと駆け回るような卒業生が何人もいましたが、恥ずかしい話、大学出の商社マンが外国人に語れるほど日本文化を知らず、国際社会で困っていたのです。
私が日本史の授業で時々やっていたことを思い出して「先生、教えてください」と言ってくる教え子が多かったのです。

そんな経験もあって「地域文化」を教える必要があると感じていました。それで、大船高校在任中に文部省の学習指導要領の改訂委員をやった際に、「地域文化」「地域史」という項目を提案したわけです。採用されて日本史の教科書に新たに「地域文化」が載り、教えることになりました。でも、大船高校では、学習指導要領を先取りして、地域文化・地域の伝統文化の学習をすでにやっていました。大船高校の近くには、鎌倉時代の史跡はもちろん、無土器時代〜近世・近代文化の史跡がありましたから可能だったのです。そうやって、やり方次第で地域史の学習ができることを生徒に教えていましたので、その生徒たちがあちこちに行くようになりました。京都・奈良はもちろん行きました。 日本の文化が何なのか、高校時代に経験しておくと強いのです。
能・歌舞伎だって、良く分からなくても観たことがあるだけで、全然違います。観たことがないから、説明もできないし、話もできない。そういうこともあって、日本で最初、今でも唯一ですけど、視聴覚室の「能舞台」を造ったのです。

次に、「鎌倉歴史散策」です。大船高校からは歩いて鎌倉の神社や寺に行けるのです。生徒たちは、歩いて本当に行けると分かって喜んでいました。
感想文を書かせたら、例えば、附属鎌倉中学出身の生徒が、「段葛の最初と最後の道幅が違うと初めて気づいた」とありました。
小中9年間も通っていたのに気づかなかったそうです。ほかにも、「自分の家の近所にある寺が、こんなに由緒があると思わなかった」とかがありました。
自分で行き先を選んで、調べて、歩いて行くわけです。自分から楽しんで勉強することが大切です。レポートは日本史の授業でも使いました。

3月の春休みには、「古都の文化を探る旅」で、希望者を募って、バスで京都・奈良に行きました。
2年次の修学旅行はスキーだったのですが、当時、関西方面の修学旅行だと6-7万円かかるところ、スキーなら4万円くらいで行けましたので、親御さんとしては2万円くらい負担が軽くなります。
じゃあ、その分で2泊3日の関西旅行をしようと考え、京都・奈良に連れて行きました。
これも、参加希望の生徒にコースを選ばせて、自分で行く所についての勉強もして、すべて自分たちでやらせました。

今は、この行事はやっていないようですが、創立10周年誌には10年目まで実施と載っていましたから、そこまでは続いていたようですね。
修学旅行もスキーではなくなったので、この旅行も無くなったのでしょう。
そういえば、修学旅行では私もスキーを教えました。まさに「自ら鍛える」修学旅行でした。
スキーは、運動能力がなくても初心者でもある程度できるようになりますし、楽しめます。スケートより易しいのです。

学校行事では、「生徒が自主的に活動する」というのがベースにありました。それは「自ら鍛える」ということに通じます。能・歌舞伎教室でも、受け身じゃないのです。生徒が自分で能も理解し、歌舞伎も理解して観に行くことを目指しました。他の高校でも同じような鑑賞会をやったことはあるのですが、強制されて嫌々ながら受け身で行くと、騒いだり聴かなかったり居眠りしたりという生徒もいました。大船高校では、東京まで行っても国立劇場はサボっちゃうなんてことは全くありませんでした。「これはすごい」と先生方も驚いていました。

◆講演会など幅広い学校行事」

年間行事予定表にある、4月の「野外教育活動」とは、新入生が学年全員で行くキャンプです。
県の野外教育センターに2泊3日で行きました。クラスの交流・親睦を図った行事です。泊り込みで、互いに知り合うのに良かったですね。
現地に泊まるので、先生方も準備が大変でした。これもしばらく続きましたが、今はやっていないそうですね。 (現在は、1年次5月に、野外活動を行う「遠足」を実施)

7月の「坐禅講演会」というのは、「地域文化講演会」という名称で実施しました。全生徒対象で、PTAも一緒に聴きました。
第1回は円覚寺の須原耕雲和尚さんを招いて、「己れに克つ」というテーマで話してもらいました。
これはいい講話でした。「人間の生き方を、禅や様々な言葉から紹介する」ということで、仏教色なんてほとんどありませんでした。

「自分に克つのが禅。立ったままでも座ったままでもいい、歩きながらでも禅はできる。坐禅なんてお寺に行ってやるだけじゃない。日常生活における挨拶とか、立ち居振舞いや礼儀作法、行いの中にある」と言って、とにかく「自分から自分を律する、己に克つ」という話で、非常に役立ちました。
それが生徒や先生の合い言葉になりました。これでまた「挨拶はするし、あそこの学校は礼儀正しい」と近所の評判を呼んだのです。

ほかにも、富士山を見ながら「ここはいい学校だ」「立派な校舎を造っても魂が入らなきゃ駄目ではないか」と仰って、「かたつむり のぼらばのぼれ 富士の山」とか「富士山 高く つつましく」「行き先を 忘れて登る 富士の山」などの言葉を紹介してくれました。「たゆまざる 歩みおそろし かたつむり」とは、富士山にかたつむりが登るというのです。
そのあと、生徒の部室にこれらの言葉が貼ってあったこともありました。この話を聴いてから、生徒たちが自分から頑張ってくれるようになりました。

11月の「鎌倉の文化財講演」は、私も講師を務めましたが、私以外の人にも頼みました。これは保護者にも聴いてもらいました。PTA主催でやったこともあります。その時は生徒ももちろん参加しました。
また、講師の方を呼んで、他校ではできない、大船高校ならではの「鎌倉彫指導」もやりました。
12月の「鎌倉の文学講演会」は、作家の安西篤子さんとか、色々面白い方に来ていただきました。
前述の「文化財講演」は日本や鎌倉の文化や歴史に偏るので、こちらは国際的な方にもお願いしました。
例えばドイツ文学専門の慶応大学の深田(ふかだ)甫(はじめ)教授は、「国際社会にどうやって伸びるか、国際人として日本人はどうしたらいいか」という面白い話をしていただき、大船高校にピッタリでした。
「鎌倉の狭い地域だけじゃなくて、これからは国際社会に飛躍する」というのが私たちの持論だったので依頼したのです。
こうした講演会を毎年やりました。鎌倉文学館の館長さんも来てもらいました。鎌倉は文化人が多いですから、私の知り合いにもずいぶん頼みました。
「お金は無いけれど、新しい高校を創るので来てください」と言うと、色々な方が来てくれて、しばらく続けました。

学年末の3月には「歴史講演会」。これは、また歴史の詳しい人に来てもらいました。

このページ内にある年間行事予定表は、創立2年目のですが、1年目も似たようなものでした。3年目以降も、幅広くやりました。
生徒が自分で何でもやれるような学校にしようというので、生徒の要望も聞いたり、もちろんPTAの要望も聞いたりして、学校と生徒とPTAが一緒になってやったのが、学校行事です。PTAの方もよく学校に来て、講演を聴くなど色々な行事に参加していました。

◆初年度から躍進の部活動」

生徒の活動という点では、部活動も頑張っていました。
剣道部に、いきなり県で準優勝・優勝する生徒がいて、高校総体16位で、団体もけっこう頑張りました。
弓道部も良かったです。私も弓道はやっていましたので、県下初の鉄骨造の弓道場ができて、これは弓道をやるのにピッタリだと思いました。弓道部には生徒が100人くらい入りましたが、顧問のベテランの先生が「当てるのが上手い生徒より、練習熱心な生徒を試合に出す」という方針でした。
弓道というのは、歩き方とか体のつくり方で決まります。形で決まりますから、礼法です。そういう意味で武道は全てそうです。武道の弓道や剣道が盛んになったのは大船高校らしくて良かったです。

それから美術部がとにかく素晴らしかったですね。県の最高賞を総なめで、コンクールにもどんどん出て入賞し、全国大会にも出品されました。

新聞部も県の奨励賞をいち早くとりました。PTAの広報紙もそうでしたね。

本当にまだ続々と色々な部が良い成績を収めました。おかげで生徒が自信を持ちましたね。

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